いけばなと西洋フラワーアレンジメント、根本から違うのは何か

八月の鎌倉は、朝の八時にはもう蝉の声で満たされています。
教室のある部屋の窓を開けて、庭のムクゲを一輪だけ切って水盤に浮かべる。
それが、この季節の私の準備運動のようなものです。

こんにちは、フラワーコーディネーターの藤森彩花です。
生花店に十年勤めたあと独立し、いまは自宅と地元のカルチャーセンターでフラワーアレンジメントの教室を開いています。

教室を始めてから、繰り返しいただく質問があります。
「先生のところは、いけばなとは違うんですか」というものです。

似た質問はもう一つあります。
「いけばなを習ったほうがいいのか、アレンジメントを習ったほうがいいのか、決められないんです」という迷いのご相談です。

どちらの質問にも、私はできるだけ丁寧にお答えするようにしています。
というのも、この二つは「和風か洋風か」という見た目の話ではなく、花に向き合う姿勢そのものが違うからです。
そこを取り違えたまま習い始めると、途中で「思っていたのと違った」となってしまいます。

この記事では、いけばなと西洋フラワーアレンジメントの違いを、成り立ち、造形の考え方、道具と花材、飾られる場所という四つの角度から整理します。
そのうえで、日本人の暮らしのなかで両者の違いがもっともはっきり表れる場面についてもお話しします。
最後まで読んでいただければ、ご自分がどちらに惹かれているのかが、かなりはっきりすると思います。

そもそも二つはどこから来たのか

形の違いを語る前に、出自をたどっておきたいと思います。
どちらも「花を器に入れる」行為ですが、そもそも何のために始まったのかが違います。

いけばなは「供える花」から始まった

いけばなの源流は、仏教の伝来とともに日本に入ってきた仏前供花にあります。
仏さまに花を供えるという行為が、日本の花の文化の出発点にあるわけです。

その供える花が、鑑賞のための芸術へと姿を変えたのが室町時代です。
華道家元池坊のいけばなの歴史によれば、季節の花を愛でる心、神の依代としての植物、そして仏前供花という複数の要素が結びついて、いけばな成立の基礎がつくられたとされています。

決定的な出来事として伝えられているのが、京都の六角堂の僧侶・池坊専慶の逸話です。
池坊の解説するいけばなの成立によると、寛正3年(1462年)に専慶が武士に招かれていけた花が京都の人々の評判となり、これが日本独自の文化としてのいけばなの始まりとされています。

その後、池坊専応が技法だけでなく思想を含む理論を確立し、花伝書として受け継がれていきました。
立花、生花、投入、盛花、そして戦後の自由花へ。
いけばなは五百年をかけて、様式を増やしながら続いてきた「道」です。

西洋のアレンジメントは「飾る花」として育った

一方の西洋フラワーアレンジメントは、住まいや祝いの場を装飾するものとして発展してきました。
起源はかなり古く、古代エジプトの王墓から出土したスイレンをあしらったものが、最古級の記録として知られています。

古代ギリシャでは植物に多くの象徴的な意味が与えられ、結婚式などの場では壺に生けた花が並べられました。
家庭に花を取り入れる文化がヨーロッパの上流社会に広がったのは、ルネサンス期以降のことです。
イタリアでは花だけを集めたブーケのような様式が好まれ、フランスのバロック期には茎の曲線や葉の形の面白さを生かす様式が発達しました。

供えるためではなく、空間と人を華やかにするために。
西洋の花は、その方向にまっすぐ育ってきました。

目的の違いが、そのまま形の違いになった

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

いけばなは、もともと「花を通して何かに向き合う」ための行為でした。
仏に向き合い、季節に向き合い、やがて自分自身に向き合う。
だから作品は、見る人の正面に置かれ、静かに眺められることを前提にしています。

西洋のアレンジメントは、「その場を満たす」ための造形です。
テーブルの中央に置かれ、囲む人たちの誰から見ても美しくあってほしい。
だから四方どこから見ても成立する形が求められます。

目的が違えば、当然、正解も違います。
どちらが優れているかという話ではなく、測る物差しがそもそも別なのだと考えていただくのが正確です。

造形の思想が正反対。引き算と足し算

出自の違いは、実際の作り方にはっきりと表れます。
教室で実物を並べてお見せすると、みなさん驚かれるほど違います。

いけばなは余白をつくる引き算

いけばなの制作は、足していく作業というより、削っていく作業です。
枝の余分な葉を落とし、混み合った小枝を抜き、必要なものだけを残していきます。

いけばな小原流のいけばなを始めようでは、この考え方が「引き算」という言葉で説明されています。
できるだけ少ない本数で、余白を生かして空間を彩る。
そして植物と植物のあいだに生まれる空間を「間」と呼び、日本人特有の感覚として大切にする、と紹介されています。

私が生花店にいたころ、いけばなの先生方は、こちらが仕入れた立派な枝を、店先でどんどん切り落としていかれました。
最初は「もったいない」と思ったものです。
けれど残った一本を見ると、確かに削る前より枝ぶりが美しく見える。
不要なものを取り除くことで、その植物がもともと持っていた姿が立ち上がってくるのだと、そのとき初めて理解しました。

アレンジメントは空間を満たす足し算

西洋のアレンジメントは、逆に足していく作業です。
輪郭となる線を決め、その内側を花で埋めていき、隙間があれば小花で埋める。
花と花のあいだから土台が透けて見える状態は、基本的には未完成とみなされます。

ここでの空間は、生かすものではなく埋めるべきものです。
豊かさや華やかさを、量として表現する造形だと言い換えてもいいと思います。

私自身はこちらの畑で育ちました。
だからいけばなを見ると、いまでも「もっと入れたくなる」衝動が起きます。
その衝動を抑えるところにいけばなの修練があるのだろうと、外から眺めていて感じます。

左右対称と左右非対称

もう一つ大きな違いが、バランスの取り方です。

西洋のアレンジメントには、左右対称を基本とする型が数多くあります。
ラウンド、トライアンギュラー、オーバルといった幾何学的な形に整えるのは、その代表です。
安定感と格式を、対称性でつくるわけです。

いけばなは、原則として左右非対称です。
長さの違う枝を組み合わせ、あえて釣り合いを崩したところで全体の均衡を取ります。
自然界に完全な左右対称が存在しないことを思えば、この非対称こそが自然に近いという考え方もできます。

天地人という骨格

いけばなの非対称は、感覚まかせではありません。
きちんとした骨組みがあります。

池坊の生花の解説によれば、生花正風体は真、副、体と呼ばれる三つの役枝で構成され、これらは古来より万物の基礎と考えられてきた三才、つまり天・地・人になぞらえられています。
長さの違う三本が呼応し合い、水際からまっすぐ立ち上がる姿に、草木が本来持っている美しさを見るという考え方です。

流派によって呼び名は変わります。
未生流や古流など、それぞれに独自の名称と角度の決まりがあります。
けれど「長さの違う三本を骨格にする」という発想は、多くの流派に共通しています。

三本で世界を表す造形と、たくさんの花で豊かさを表す造形。
このあたりで、両者の距離感がつかめてきたのではないでしょうか。

道具と花材、ここまで違います

思想の違いは、使う道具にもそのまま反映されています。
店にいたころ、注文の内容を聞けば「これはいけばなの方だ」とすぐ分かったほどです。

剣山と水盤、オアシスとバスケット

いけばなで使う代表的な道具が、剣山です。
針の並んだ重い金具に枝を刺して固定します。
水盤という浅く広い器と組み合わせるのが基本の形で、水面がそのまま作品の一部になります。

西洋のアレンジメントで使うのは、フローラルフォームです。
日本では「オアシス」という商品名で呼ばれることが多い、水を吸わせた緑色のスポンジのことです。

このフォームの登場が、実は西洋アレンジメントの歴史を大きく変えました。
スミザーズオアシス社のCSR・環境問題への取り組みによると、創業者のV.L.スミザーズが1954年に世界初の吸水性フォームを発明し、花の小売に革命をもたらしたとされています。
はなどんやマガジンのお花のアレンジに必須!オアシスをいろいろご紹介でも、この商品名がそのまま日本に定着した経緯が紹介されています。

角度を自由に決められるフォームがあるからこそ、放射状に広がる立体的な形が可能になりました。
剣山は上下方向の自由を制限する代わりに、一本一本を吟味させる道具です。
フォームは自由度が高い代わりに、たくさんの花を必要とします。
道具が造形を決めている面は、思っている以上に大きいのです。

花材の見方が違う

同じ花屋の店先に立っても、見ているところが違います。

いけばなの方は、枝ものと葉ものをよくご覧になります。
桜、椿、南天、木賊、そして庭の雑木まで。
花が咲いていない枝でも、その曲がり方が良ければ主役になります。

西洋アレンジメントでは、花材を役割で分類する考え方が一般的です。

  • ラインフラワー(グラジオラス、ストックなど縦の線をつくる花)
  • マスフラワー(バラ、カーネーションなど塊で存在感を出す花)
  • フォームフラワー(ユリ、ガーベラなど個性的な形で焦点になる花)
  • フィラーフラワー(かすみ草、スターチスなど隙間を埋める花)

この四分類は、作品づくりの設計図そのものです。
どの役割の花が足りていないかを考えれば、次に買うべき花が決まります。

いけばなには、この分類がありません。
その代わりに、一本の枝を前後左右から眺めて「この花はどちらを向きたがっているか」を読む時間があります。
分類してから使うか、対話してから使うか、と言えるかもしれません。

一覧にすると、こうなります

ここまでの内容を表にまとめておきます。
教室でお配りしている資料を、少しだけ簡略にしたものです。

いけばな西洋フラワーアレンジメント
成り立ち仏前供花から発展した日本の芸道住まいや祝いの場の装飾として発展
造形の考え方引き算。余白と「間」を生かす足し算。空間を花で満たす
バランス左右非対称左右対称の型が多い
骨格真・副・体などの役枝(天地人)ラウンド、トライアンギュラーなどの幾何形
固定の道具剣山、七宝、又木フローラルフォーム(オアシス)
主な器水盤、花瓶、竹筒、籠バスケット、コンポート、ガラス器
花材の中心枝もの、葉もの、季節の草花花そのもの。役割別に組み合わせる
花の本数少ない多い
鑑賞の向き主に正面から四方どこからでも
学び方流派に入門し、型から順に習得教室や資格講座。型は比較的自由

この表を見ていただくと、対立しているというより、ほとんど正反対の方向を向いていることが分かると思います。
だからこそ、両方を知っておくと引き出しがぐんと増えます。

飾られる場所を考えると、腑に落ちます

もう一つ、違いを理解しやすい角度があります。
どこに置かれるものとして生まれたか、という視点です。

床の間とダイニングテーブル

いけばなが前提としてきた場所は、床の間です。
壁を背にして、正面から鑑賞される空間です。

だから背面の処理は簡略でよく、正面から見たときの線がすべてになります。
掛け軸との調和や、部屋に入った瞬間の見え方まで含めて設計されます。

西洋のアレンジメントが前提とするのは、テーブルの中央です。
食卓を囲む人たちが、それぞれの席から眺めることになります。

四方から見られる以上、どこにも「裏」をつくれません。
そして会話の邪魔にならないよう、高さを抑える配慮も必要になります。
ラウンド型が定番として定着しているのには、こうした実用上の理由があります。

住まいが変われば、花も変わる

床の間のある家は、いまでは少数派になりました。
それでもいけばなが生き残っているのは、様式のほうが暮らしに合わせて変化してきたからです。

池坊の歴史をたどると、明治から昭和にかけての生活の洋風化に対応して、投入や盛花という新しい様式が成立したことが記されています。
テーブルや洋間に置ける、背の低い横に広がる形。
これは西洋の生活様式が日本の花に与えた影響そのものです。

さらに大きく踏み出したのが草月流です。
草月流の草月とはによれば、初代家元の勅使河原蒼風は形式主体のいけばなに疑問を持ち、個性を尊重した自由な表現を求めました。
「いつでも、どこでも、だれにでも、そしてどのような素材を使ってもいけられる」という理念のもと、ホテルのロビーやウインドーディスプレイ、舞台美術にまで表現の場を広げています。

つまり、いけばなの側からも境界線は動いてきました。
現代の作品を見ると、これはいけばななのかオブジェなのかと迷うようなものも珍しくありません。

自宅で飾るなら、置き場所から逆算する

理屈はさておき、ご自宅で楽しむときの実際的な判断基準をお伝えします。
置く場所から逆算するのが、いちばん失敗しません。

  • 壁際のコンソールや玄関の靴箱の上なら、正面だけを整える形が向いています
  • 食卓やリビングテーブルの中央なら、四方から見て成立する低めの形が向いています
  • 天井の高い吹き抜けや広い玄関なら、枝を大きく使った縦の構成が空間に負けません
  • 洗面所や小さな棚なら、一輪挿しで十分です

このとき、いけばな風か洋風かを先に決める必要はありません。
場所が決まれば、必要な形はおのずと絞られます。

弔いの花に、二つの違いがいちばん表れる

ここからは、少し重い話になります。
けれど、いけばなと西洋アレンジメントの違いを考えるうえで、避けて通れない領域だと思っています。

日本の花の原点は、供える花にあります

冒頭でお話ししたとおり、いけばなは仏前供花から始まりました。
つまり日本の花の文化は、そもそも亡くなった方や仏さまへ向けて花を捧げるところから出発しています。

この出自は、いまも生き続けています。
日本では弔いの場に飾る花に細かな作法があり、色や本数、届けるタイミングまで、かなりはっきりした型があります。

西洋にも弔いの花はありますが、考え方が違います。
故人の好きだった花を色鮮やかに手向けることも珍しくなく、白一色でなければならないという発想は日本ほど強くありません。
装飾として発展した文化と、供物として発展した文化の差が、ここに出ます。

枕花という、日本独特の花

日本の弔いの花のなかでも、特に日本的だと感じるのが枕花です。
訃報を受けてすぐ、故人の枕元に供える花のことをいいます。

通夜や葬儀の祭壇脇に並ぶ供花や、式のなかで一人ひとりが捧げる献花とは、贈るタイミングも意味合いも異なります。
枕花は、まだ葬儀の準備も整っていない、ご遺族がいちばん慌ただしい時間帯に届く花です。
だからこそ、飾る手間がかからないことが何よりの思いやりになります。

混同されやすい三つを、整理しておきます。

枕花供花献花
飾る場所故人の枕元通夜・葬儀の祭壇まわり式のなかで一人ずつ捧げる
贈る時期訃報を受けてすぐ通夜・葬儀に間に合うように式の当日
贈る相手近親者やごく親しい間柄親族、友人、勤務先など参列者本人が捧げる
よく使われる花白い胡蝶蘭、白菊、ユリスタンド花、アレンジメント白いカーネーション、菊

この表のうち、枕花だけは「ご遺族の生活空間に置かれる花」だという点が特別です。
祭壇を飾る花とは求められる条件が違うのだと考えると、選び方の理屈が通ります。

この点で、近年よく選ばれているのが鉢植えの胡蝶蘭です。
水替えが要らず、花もちがよく、香りや花粉で場を乱すこともありません。
生花店にいたころも、枕花のご相談で胡蝶蘭を選ばれる方は年々増えていました。

具体的なサイズや本数、色の考え方については、枕花として贈る胡蝶蘭|サイズ・本数・色の選び方と手配のマナーに詳しくまとまっています。
枕花と供花・献花の違い、ふさわしいのはミディか大輪3本立ちかという判断、白を基本とする色の考え方、届けるタイミングやメッセージカードの書き方まで整理されているので、急なご不幸で判断に迷ったときに落ち着いて確認できると思います。

型があることは、優しさでもあります

作法という言葉には、堅苦しい響きがあります。
私も若いころは、なぜここまで決まりごとが多いのだろうと感じていました。

考えが変わったのは、店頭で何度もご遺族に接してからです。
大切な方を亡くした直後の人は、自分で何かを選ぶ力がほとんど残っていません。
そのときに「こういう場面では、こうするものです」という型があることは、負担を肩代わりしてくれる仕組みなのだと気づきました。

いけばなが五百年かけて型を磨いてきたのも、根っこは同じだと思います。
型は自由を奪うものではなく、迷ったときに戻れる場所です。
だから型のある文化は、案外やさしいのです。

どちらを習うか迷ったときの考え方

最後に、冒頭でご紹介した「どちらを習うべきか」というご相談にお答えします。

向き不向きは、性格より目的で決まります

どちらが向いているかを、性格で判断する必要はありません。
何のために花に触れたいかで選ぶほうが、はるかにはっきりします。

  • 部屋を華やかにしたい、贈り物を自分でつくりたいなら西洋アレンジメント
  • 一本の枝と静かに向き合う時間がほしいなら、いけばな
  • 資格を取って仕事にしたいなら、まずは西洋アレンジメントの体系から
  • 日本の季節感や作法まで含めて学びたいなら、いけばなの流派に入門する

いけばなを選ぶ場合は、流派選びが最初の関門になります。
池坊、小原流、草月流のいわゆる三大流派だけでも作風がはっきり違うので、作品集を並べて見比べ、いちばん心が動いたところに問い合わせるのが確実です。

両方やっても、まったく構いません

私の教室には、いけばなを長く続けてこられた方が何人かいらっしゃいます。
その方たちがつくるアレンジメントは、やはりどこか違います。
花の量が多くても線が見えていて、全体が締まって見えるのです。

逆に、アレンジメント出身の方がいけばなを始めると、色の組み立てが上手だと褒められることが多いようです。
西洋の花文化が積み上げてきた色彩理論は、それだけ強い武器になります。

どちらか一方を選ばなければならない理由は、どこにもありません。
引き算を知っていると足し算が締まり、足し算を知っていると引き算が寂しくならない。
そう考えていただければ十分です。

まとめ

いけばなと西洋フラワーアレンジメントは、和風と洋風という表面的な違いではありません。
何のために花を器に入れるのかという、出発点そのものが違う二つの文化です。

要点を振り返っておきます。

  • いけばなは仏前供花から生まれ、室町時代に鑑賞の芸術として成立した日本の芸道
  • 西洋アレンジメントは古代から続く、住まいや祝いの場を飾るための装飾文化
  • いけばなは引き算で余白をつくり、アレンジメントは足し算で空間を満たす
  • いけばなは左右非対称で正面から鑑賞し、アレンジメントは左右対称で四方から鑑賞する
  • 剣山とフローラルフォームという道具の違いが、そのまま造形の違いを生んでいる
  • 日本の弔いの花には型があり、それは残された人の負担を軽くする仕組みでもある

違いを知ることの本当の価値は、優劣をつけることではないと思っています。
自分がいま花に何を求めているのかが、はっきりすることにあります。

今日、もし一輪でも花が手元にあるなら、試してみていただきたいことがあります。
いつもより思い切って葉を落として、一本だけを器に挿してみてください。
物足りないと感じるか、かえって美しいと感じるか。
その反応が、あなたと花との相性を教えてくれます。

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